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読書好きおじさんの小説紹介的雑文集

『クエーサーと13番目の柱』阿部和重

特に意味はないのだけど、近頃は阿部和重さんと川上未映子さん夫婦の小説ばかり読んでいる。どちらの小説も好きだ。


二人とも、既成の概念だったり、世界で起こっている出来事を、とにかく疑う、というところが根底にあって、そこらへんが共通している気がする。



疑うということは信じるということでもある。逆に信じるということは疑うということでもある。


なんて別にどうでもいいけども、とにかく阿部和重さんの『クエーサーと13番目の柱』面白かった。


『ミステリアスセッティング』が好きなら、多分こっちも好きだろうと思う。


ダイアナ元妃の事故をアイドルのあれこれと絡めるなんて、この人にしか出来ないんじゃないだろうか。僕が知らないだけだろうか。


つまり、この『クエーサーと13番目の柱』という小説は、陰謀論と偶像崇拝がある意味の滑稽さを持って語られる奇跡的な物語だということ。


僕は奇跡という言葉があまり好きではない。のに使ってしまうのは、この小説がそんな力を持っているからなのだ(辻褄合わせ)。


奇跡は信じる人にしか起こらないのだ。そんな奇跡的なパラドックス。


ということで、まずこの『クエーサーと13番目の柱』を読んで、信じるということを疑ってみるといいかもしれない。


こんなブログを信用して本を買うと痛い目を見るよ。


『あこがれ』川上未映子

小学生って、なんだかくだらないんだけど面白いあだ名をつけるのが上手。ヘガティーって、そのまんまなんだけど、絶妙なセンス。



ヘガティーっていうのは、川上未映子さんの小説『あこがれ』の中の主人公の一人。まあ、つまり考えたのは川上さんなんだけども。何故ヘガティーなのかは読めばわかる。にしても、女の子でこのあだ名はちょっときつい。笑


だだ、僕は昔から特にあだ名とかを付けられないタイプだったので、ちょっと変わったあだ名とかにあこがれはある。ん、この小説「あこがれ」ってタイトルだった(偶然)。


全然そんな話ではないのだけれども。


それにしても、川上未映子さんの小説、どんどん丸みを帯びていっている気がする。『わたくし率〜』とか『乳と卵』はとんがり具合がなかなかで、またそれが癖になる感じではあったんだけども、『すべて真夜中の恋人たち』あたりから、優しさが刺々しさを包みだして、『あこがれ』では、もはや優しい小説に。でも、ああ川上未映子だ、という台詞や描写も感じられて、よし。


川上未映子さんの小説は、読書というのは基本的に自分との対話だということを、思い出させてくれる。まあ、それは読書だけではないけども。


何故あなたはその小説が嫌いなのですか。


『すべて真夜中の恋人たち』川上未映子

川上未映子さんの小説って、いつも賛否両論が激しい気がする。僕は好きなんだけども、嫌いだという人も結構多い。




でも、そもそも賛否両論が激しいということは、それだけ読む価値があるという証拠だし、皆んなが良いという小説など、この世界にはそれほど必要ではない(言いすぎ)。


まあ、他の人の評価など関係ないんだけどね。この『すべて真夜中の恋人たち』という小説が、僕は好きだというそれだけのことなのだ。


とか言いつつ、読み終わった後は他人の感想とか見ちゃうんだけども。笑。


で、今回も結局見てしまったわけで、やはり否定的な意見も多々あった。否定的というよりは、自分には合わなかったという感想が多いという感じ。


僕は、読み始めて合わないと感じたらすぐ読むのをやめてしまうタイプなので、合わないのに最後まで我慢して読む人はすごいなと思う(皮肉)。


川上未映子さんの小説は、哲学的要素が強いイメージなので、理屈っぽい台詞なんかも多くて、その辺が苦手という人もいるのかなと思う。


逆に僕はそこが好きなのだけど。


やっぱり、ハッキリ明瞭でしっかり自分を持って、っていう人よりも、迷いに迷って何も決められないままどう生きていいか分からないぞ、という人のほうが魅力的だ(勝手な意見)。


そういう人間が上手く描かれている小説が僕は好きで、川上未映子さんはそれが出来る作家さんの一人だと思っている(偉そう)。


長編としては、前作の『ヘブン』も良かった(かなり)けども、この『すべて真夜中の恋人たち』も負けず劣らず良かった。


詩的で、美しさと優しさ(毒気少なめ)があるよ。おすすめ。


『トライアングルズ』阿部和重

阿部和重さんの短編集『無情の世界』に収録。

狂気と正気って紙一重だと思うんだけども、そのギリギリのところには、ある意味で滑稽さも漂うのだな、というような事をこの小説を読んで考えた。


阿部和重さんの短編『トライアングルズ』には、まさにその狂気と正気の狭間がユーモラスに描かれている。ただ、滑稽なんだけども、呑気に笑ってもいられない。


自分も一歩(というか半歩ほどかも)間違えばという思いもあるし、知る由はないけども、人間の頭の中は狂気で溢れているという気がしないでもない。(基準はあくまで自分だけども笑)


みなギリギリで生きているのだろうな、と勝手に想像する。


そして、この『トライアングルズ』では、観察する者と観察される者、それをまた外から観察する者というような構図もあって、自分も、もしかしたら得体の知れない誰か(もしくは何か)に見られているのかもしれないという恐怖も感じたし、逆に言えば、見られているという意識が、狂気を抑えているのかもしれないとも感じた。


何となく、ポールオースターの『幽霊たち』を思い出した。(なんて、最近再読したから記憶が新しいというだけ)


まあとにかく、なるべく笑って生きられるようにね、狂気はそっと自分の中だけにしまっておきましょう。(と自分に言う)


表題作の『無情の世界』はそのうち。

『幻影の書』ポールオースター


『幻影の書』の主人公ジンマーは、絶望の中、ヘクター・マンという喜劇俳優の短編映画に偶然(偶然というのが大事な要素ね)出会う。そして生きていく目的を見いだす。


僕は特に人生に絶望するほどの体験はしたことがないけれども(記憶から消してしまっただけかもしれない)、それなりに落ち込み、自分を見失うような時も無くはない。


やはり生きていくには、何か目的や目標のようなものが必要なのかもしれないな、と思う。それが僕にとっては読書なのかな(今は)。そう考えると、ジンマーがヘクター・マンと出会ったように、僕はポールオースターと出会ったとも言える。


生きる目的を与えてくれたポールオースターに感謝。大袈裟かな。笑


でもやっぱり面白いよ、ポールオースターの小説は。ニューヨーク三部作も好きだけど、『ムーンパレス』や、この『幻影の書』のような、何もかも失って絶望的な境遇の中に射す偶然という光、みたいな物語が特に好き。


他にも、物語中物語(オースターお得意)だったり、何人かの人物の物語が重なりあったりと、ストーリーに重厚感があるところもいいよね。そういう意味では、『オラクルナイト』が特に良かったかな。


何にしてもポールオースターの小説は、何度も読みたくなるし、実際また読み返すと違う良さが感じられて面白いな、と思う。


まだ作品全ては読めていないけども、いずれ読んだら自分なりにまとめたいな。ま、いつになるかはわからないけど。僕は文庫で読みたい人なんで、早く文庫化してほしいなと切に願ってます。


『ムーンパレス』ポールオースター


ポールオースターといえばコレ。という人が結構多い気がする。



ポールオースターの作品の中で、僕が最初に読んだのは『幽霊たち』で、その不思議な世界に戸惑いながらも読了し、他も読んでみようと手に取ったのが、この『ムーンパレス』だったと思う。(少し曖昧な記憶。『偶然の音楽』だったかも)


でも、読み始めたものの、その時は途中で投げ出してしまった。別に、この小説が読みづらいとかつまらないとかそういうことではなく、たまたま気分に合わなかっただけだと思う。やはり小説は読むタイミングが重要なのだ。


ということで、結構長い間ほったらかしにされていた『ムーンパレス』。今回はバッチリはまって一気に読了。いやはや、こんなに素晴らしい小説だったとは。。タイミングとか言って、途中で投げ出してしまう人間の気持ちがわからない。笑

主人公のマーコはオースター自身かも

この小説は、マーコ・フォッグという青年の、いわば青春成長物語。語り手はマーコ自身で、思い出を語る回顧録形式。回顧録になっているために、絶望的な物語なんだけども、そこに希望も見出せる。


また、ポールオースターはセルバンデスの『ドン・キホーテ』がお気に入りらしいんだけども(どこかの記事で読んだ)、『ムーンパレス』の中で、マーコもそれが好きだと言っていたり、叔父から譲られた沢山の本を読み漁るという共通点もあったり、ある意味マーコはオースターで、これは自伝的な小説でもあるのかな、と感じたりもする。


登場人物たちもとても魅力的で、皆がマーコに愛情を向ける。オースターのマーコに対する愛情がそのまま、読んでいる僕らにも伝わってくるようだった。僕的には、特に終盤のある場面が印象的で、マーコに対して母性とも言えるような感情(男なのでよく分かってないけども何となく)を抱いてしまった。

偶然が動かす世界

この『ムーンパレス』は、ポールオースター自身の作品の中で「唯一のコメディ」だと本人は言っていて、確かに偶然の出来事が多くある意味喜劇的な感もあって、それも頷けるという気もしないではない
。けれども、世界は偶然によって成り立っているのであって、それはつまり、人は偶然によって生かされているとも言える。そして、登場人物たちのマーコへ向けた愛情を考えると、偶然を生み出すのもまた人であるのかもしれない。そういった意味でこの『ムーンパレス』は、偶然が動かす世界というものが、何も不思議なことではなく、至極真っ当なんだと感じさせられる小説でもあった。



僕は、あまりにも現実離れしたファンタジーやSFってあまり得意ではないんだけども、地面から少しだけ浮いたような、土着感はあるけど幻想的な、そんな微妙な感触の物語が僕は好きであると、改めて確認した。(読んでる人にしたら知ったこっちゃないだろうけども。笑)


まあ結局、読み終えてみて、僕的にもポールオースターといえば(全作は読んでいないけども)コレ、となった。というか、むしろ今まで読んできた中でこの『ムーンパレス』が一番好きな小説かもしれない。そう感じるほど、僕の人生において印象的な小説となった。


『バルセロナの印象』長嶋有



旅行に行くのは結構好き。でも、行きたいなあと思う場所はたくさんあっても、いわゆる時間とかお金とかいうやつの問題があってなかなか難しい。


まあそうは言っても、家族旅行だとか新婚旅行だとか、それなりに行ってはいるわけで、多少は思い出というものもある。


旅行に行くときは、というか行く前や向かっているときは、例えば、ここの建物が見たいだとか、そこの美術館に行きたいだとか、あそこのあれが食べたいだとか、それなりに目的みたいなものを持っているし、到着して実際にその場面に出くわせば、うわあっと感動もする。


でも、時が過ぎて、その旅行についてふと思い出したりするのは、その建物や風景だとか食べものではなく(それもあるけども)、その時一緒に行った人のさり気ない表情だったり、仕草だったりする。


もちろんその表情や仕草の背景には、旅行に来ているという高揚感やら何やらがあって、それと重なって記憶として強く残っているのだろうけども、その一瞬の場面の中心は、やはり人だという気がする。


あんなに感動したのにね。記憶はちょっとズレて残る。でもそれがいいという気もする。


長嶋有さんの『バルセロナの印象』(タンノイのエジンバラという短編集に収録)という短編を読んでいて、なんとなーくそんな事を考えましたとさ。