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読書好きおじさんの小説紹介的雑文集

『眠れる美女』川端康成



仕事中にふと窓の外を見たら、目の前の公園のベンチに、お爺ちゃんとお婆ちゃんが座っていた。二人がけのベンチが二つ、それぞれに座っていて、その夫婦の微妙な距離感がなんとも微笑ましかった。


と、二人が夫婦だと勝手に決めつけたけれど、もしかしたらただの他人同士で、実は、お爺ちゃんはお婆ちゃんとお近づきになろうとしているのかもしれなかった。


まあ、それは違うだろうけども、もし自分がお爺ちゃんになっても、知らぬ女性に声をかけ、お近づきになりたいなどと思うのだろうか、ということをふと考えた。勿論、そういう魅力的な女性に出会った場合の話だけれど、多分そういう気持ちはあるだろうなと思う。


ちょうど川端康成『眠れる美女』を読んでいたもんで、そんなことを考えてしまったみたい。


僕がお爺ちゃんになって、実際この小説のようなことを経験できるとして、どんな感情を抱くのかは、正直今は分からないし、江口老人の感情も分からない。全く分からないでもないけども。


なんとなく子供の頃と比べて、死というものを少しづつ受け入れ始めている感覚を覚える時があって、これから徐々にその受け入れ態勢は整っていくのだろうな、と感じたりもする。でも、それは想像にすぎなくて、やっぱり歳をとってみないと分からない。


まあ、この『眠れる美女』のような状況になるなんてことはあり得ないけども。


むしろ今そうなったら、と想像してしまうのが本当のところ。笑。でも男ならみなそうだろう。


以前読んだのはいつだったか覚えていないけれど、この『眠れる美女』という小説は、歳を重ねるたびに読みたいなと思う。自分が男としてどう感じるかを、客観的に観察していきたい。


何にしても一つ言えるのは、


『男を「魔界」にいざないゆくのは女体のようである』(引用)


ということである。


『かけら』青山七恵


いきなりだけれど、僕にもいとこがいる。最近会ったのはいつだったか。何年かに一度、というくらいの頻度でしか会うことがないので、その度いとこの変化に驚き、何を話していいのか分からず、うろたえる。


そして、また数年間会うことがなく、次会うときもきっと、同じようにうろたえるのだと思う。今日は、青山七恵さんの短編集『かけら』の中の『山猫』という短編を読んでいて、ふと、いとこは今何をしているだろうか、そういえばもう社会人になっているのかもしれない、などと思いを馳せ、久しぶりに会ってみたいな、という気になった。


青山さんの小説は、初めて読んだけれど、僕の好みだった。落ち着いた文体で、微細な心の変化を描く。読み始めと読後の自分の気持ちの変化に心地よさを感じた。


表題作の『かけら』『欅の部屋』も含め、3作品とも良かった。


『かけら』は、川端康成賞受賞作。


『オテルモル』栗田有起



夢をよく見る人とそうでない人がいるけれども、どう違うのだろうか。僕はあまり見ない。妻はよく見るようで、起きがけに、見た夢の話をすることも少なくない。


あまり見ない僕からすると、何でそこまで覚えているんだろう、ってちょっと訝しんだりもする。結構細かいところまで覚えているんだもの。でも、そういう人もいるのだなと受け入れて、話を聞いている。


それにしても本当に、夢って支離滅裂で、滅茶苦茶なんだけど、それが何かを示唆しているのだろうな、というのは感じる。


小説のようだ。と、栗田有起さんの『オテルモル』という小説を読んでいて、ふと思った。


小説の中で、


「悪夢が悪魔であるのはもちろんだけれど、悪魔のいいなりにはならないと強い意志を持ちつづけていれば、夢はこれ以上ない遊び場になりえるのではないかと思った。現実には持つことのできない自由を、手にすることもできるのではないか。」


とあって、これは小説にも云えることなのではないか、と感じた。そして、その後に、


「夢がその持ち主だけのものでないとしたら、他人が、この夢おもしろいなあと思うことは、当人を悪夢から遠ざける助けになるかもしれない」


と、続き、当人とあるけれども、これは他人も当人もと言ってもいいのかなと。勝手な解釈をした。


まだ栗田さんの作品はそれほど読んでいないけれども、読了したものは、ほぼ読後感は爽快で前向きになったような気がする。悪夢から遠ざける助けになっている。


ただ、その辺は一貫している(とりあえず読んだものについて云えば)けれども、ちょっと感じたのは、栗田さんの作品は、短編(もしくは中編)のほうがキレがあっていいんじゃないかなってこと。勿論、長編も面白いんだけどね。短めの小説のほうがテンポよく、スキッとした気持ち良さがある気がする。


ま、好みですけども。


何はともあれ、夢見ましょうよ。なかなか夢見ないなあ、なんて人は小説読みましょうよ。ということですね。


『ハミザベス』栗田有起


知らなかったです。栗田有起さん。で。先日古本屋さんで、面白いタイトルだなと思って何気なく手に取った小説が『ハミザベス』だったわけでして。読んでみたら、これがまたすごく良かった。気付いたら読み終わってる、っていうような勢いのある小説で、溢れ出てくるまんま言葉を繋いでる感じなんだけど、実はしっかり練られていたり。


文庫の解説で、「読み終わってみると、なにが起きたかわからないけれど、なんだかおもしろかったので、もう一周してみよう、という気になる。」と、いしいしんじさんが書いていた。いやほんとその通り。


『ハミザベス』『豆姉妹』という2つの作品が収録されているのだけれど、僕はどちらかというと、すばる文学賞を受賞した『ハミザベス』よりも『豆姉妹』のほうが好きかも。声に出して笑ってしまったもの。いや、もちろん『ハミザベス』も面白かったんだけども。


この2作どちらも、会話が面白い。テンポよく、短い言葉でポンポンと、不思議なおかしみのある会話が心地よく続く。『ハミザベス』のほうは、最初、あ、なんか暗い話かな、なんて思うんだけども、そのユーモラスな会話でそれを感じさせずに、結局最後はなんだかよくわからないけども、前向きにさせられちゃった、っていう小説。


こういうね、なんだかわからないけども、っていうところがね、いわゆる純文学なんですよ。たぶん。なんていうような適当な言葉も勢いで書いちゃえって気持ち(前向き)になれる小説。


とにかく全然飾ってないんだよね。「栗田さんは、わからないものを、わかったように書かない」と、これまた解説で、いしいしんじさんが書いていたんだけども、その知ったかぶりをしない感じが好印象で、人間の歪な部分を描いてはいるんだけど、もうさ、なんかさ、それでいいよね、って気にさせられるんですよ。


いやー、栗田有起さんの他の小説も読んでみたくなったなー。


ということで、少し調べてみた。これまでに3作ほど、芥川賞にノミネートされたみたいなんだけど、選評では結構キツイこと言われてるのを見ちゃったんだよね。でもなー、うーん、あんまり関係ないかな。多分、面白いだろうなという予感があるもんな。というか、自分に合うだろうなという感じ。


忘れないうちに探してみよっと。


とりあえず、栗田有起さんの『ハミザベス』。なんだかよくわかんなくてもいいから前向きになりたいという人にオススメですー。


『佐渡の三人』長嶋有


身内の死というのは、とても悲しい。そして、この「悲しい」という感情を描いた物語というものは、世の中に沢山ある。ちょっとあり過ぎなくらい。今回読んだ長嶋有さんの『佐渡の三人』という小説も、身内の死を取り扱ってはいるけれども、その「悲しい」という感情については特に描かれていない。


もちろん「悲しい」のだけれども、それだけではない様々な感情がそこにあるのだ、ということを気付かせてくれる(思い出させてくれる)小説だと感じた。そういう、なかなか拾い上げられない微細な部分を描けるのが、やはり長嶋有さんという作家さんなのかなと思う。


人の感情っていうのは、混ざり合うのではなくて、重なり合うものなんだ、っていうような文章が小説内にあった(ような気がする)のだけれども、その様々な感情一つ一つを曖昧なものにせずに、具に拾い上げてさり気なく描く。そういうところがね。いいんだよね。


そして、(これは長嶋さんの小説について書くときはいつも言っているけど)小説に登場する人物たちが、ちょっと変わってて不思議な魅力がある。でも、そもそも人間って、みんなちょっと変わってるんじゃないかと思って。長嶋有さんは、そういう所を見つけて描くのも上手いよね。人間観察力に長けてる。


あとはね、あれ。長嶋有さんの小説は、力を抜いて読むことができるんだよね。読み取ろうとしなくていいというか。それはコッチの(小説家)の仕事だから大丈夫です。というような感じね。


エゴ剥き出しの吐き出し系小説も芸術感(感ね)があっていいけど、こういった引き込み系の小説のほうが自分の体質に合っているのだな、と実感した次第でございます。とか言って、まあ結局その時の気分次第なんだけどね。わはは。


やっぱりね、読書ってのは娯楽ですよ。無理しなさんな。合わない本をね、無理して読まなくていいんですよ。自然に読む時が来るかもしれないし、来ないかもしれないし、分かんないけども。(と、自分に言い聞かす)


と、こういう風にね、括弧書きを色々と使ってみたのだけど、これは長嶋有さんの真似っこ。でもね、とても書きやすい。書きたいように書ける感じがする。ちょっとこれからも使ってみようかな。


ということで、長嶋有さんの『佐渡の三人』、オススメですー。


『問いのない答え』長嶋有


★★★★☆


何でこんなの書けるんだろね。やっぱ長嶋有さんは天才だ。いや、さすがにそれは言い過ぎか。そう。そうなんだよ。この「過ぎた」が良くないということなんだよね。そして、「過ぎない」小説を書けるのが、長嶋有さんなんじゃないか、と思う。


きっと、「過ぎた」小説のほうが売れるんだろうけどね。でも長嶋さんは、そういうのを書かないということをさり気なく書く。すごい。僕は長嶋有さんの小説が好き「過ぎて」、その事を書こうとすると、そういう風にしか書けないのだということをまさに今、実感している。


何言ってるか分かんないね。まあいいや。


ということで、今回は『問いのない答え』という小説を読んだよ。


最初に言っちゃうのはあれだけど、とりあえず言えるのは、とても読みづらい、という事。この小説は、いわゆる群像劇なんだけど、その登場人物たちの視点が行間などの区切りがなくコロコロ変わって、数行読んで、あれ?いつの間に変わったの。ってこともしばしば。そういう意味で結構読みづらい。


でも、そのおかげで、まさに同じ時間に、どこか別の場所で、誰かが何かを考えたり動いていたりしているのだ、という感じが伝わってくる。


その文体は、この小説の題材となっている、「ツイッター」のタイムラインに次々とつぶやきが表示される感じを表しているのかな、という気がする。


にしても、こういうのを書けるのは長嶋有さんくらいなんじゃないかね。面白いとかそうじゃないとか、そういうの抜きにして、とにかく挑戦する姿勢が好感触なのですよ。でもそういう気概も、気負いもいい意味で感じさせないんだから、これまたすごいなと。


この小説では(というか長嶋さんの小説はだいたいそうか)、実際にあった事件などに関しても実名を用いて書いている。それを読んで、ああ、そんなこともあったな、などと思い出す。と同時に、それに対する、長嶋さんの独特な捉え方に、はっ、となる。


何かのインタビューで長嶋さんが、普段の生活の中でも色々なことを感じとることのできる人は、小説を読む必要はないんじゃないか、というような事を言っていた。つまり長嶋さんが描いているのは、物事に対する一般的な考えとは、ちょっとだけズレた感性というか、そういう風にも捉えられるのか、という部分なのかなと、思う。


そして、この『問いのない答え』の中に、「それこそが報道でない、文学の言葉の領分なのです」なんて台詞が出て来て、なんとなく、ああそうか、それが文学というものかと得心した場面もあった。


そうやって、作家さんの文学観というか、その捉え方を知る(知ったような気がする)と、また読み方も変わって来て面白い。そして、ますます小説にハマっていくのです。


ああ。結局、『問いのない答え』に関する感想はあまり書かないまま終わりそう。笑。でも眠くなって来たし。そんな自分勝手なブログを読んでくれてありがとう。


とにかくさ、長嶋有さんの小説を読みなよ、ってことですよ、皆さん。では、おやすみなさい。

『雪沼とその周辺』堀江敏幸


★★★★★


とても良かった。堀江敏幸さんの短編集、『雪沼とその周辺』。川端賞、谷崎賞受賞作。


この小説には7つの短編が収められている。それぞれ独立した話だけども、タイトルからもわかる通り、全ての短編の舞台が「雪沼」という地とその周辺で、登場人物だったり、その風景が、さり気無く繋がっている。7つの短編全てを読むと、「雪沼」という架空の土地が、そしてそこに暮らす人々やその風景が、確かにそこにある、という気にさせられる。


「雪沼」という寒そうな地名とは裏腹に、そこに暮らす人々は温かい。温厚篤実。篤実という言葉は、この小説の解説で池澤夏樹さんが使っていて、気に入ったので僕も使うことにした。笑。情に厚く誠実、といった意味。


そして、この温厚篤実という四字熟語を知り、ああ、やっぱりこれが自分の理想なのだと、改めて実感した。つまり、この小説の登場人物たちが皆そうであって、それに触れることで、自分もやはりこういう温厚で篤実な生き方をしたいと願っているのだなと実感したということでございます。


そしてこの小説の肝は、それぞれの短編の登場人物たちに共通する、「道具」に対する愛情、愛着心だと思う。それが篤実さとして伝わってきた。


僕も一応、職人と呼ばれる仕事をしていて、そこには自分の「道具」があって、その「道具」を使うことで自分を表現している。なんだか、こう書くと大袈裟な気もするけども、そう思うようにしている。しているけれども、忙しいなどと言い訳をして、手入れを疎かにしてしまうこともよくある。


この『雪沼とその周辺』を読んでいて、改めて「道具」への愛情を持って仕事をしたいと思ったし、それを忘れてしまいそうな時には、この小説を読めばいいんだ、となんだか安心した。というか「道具」だけではないね。様々な「物」を大切にしたい。そういう意味でも、この小説は大切に手元に置いておきたい。

まとめ

本当に良い小説を読んだな、という感じ。なかなか出会えないもんですよ、これだけ自分にしっくりくる小説は。堀江敏幸さんの小説は初めて読んだけど、文体自体が好みだし、他のも読んでみようと思う。

とりあえずこの『雪沼とその周辺』。全ての日本人にオススメしとく。