NOVELIFE

読了した小説のささやかな記録。

繊細な感性と静謐な物語。『羊と鋼の森』宮下奈都


良い小説に出会った。好きです。


生きているということは、それだけでその人の個性なんだよな、と思う。自分には何もないと諦めてしまいがちだけど、気付いていないだけで本当はすでにある。


オリジナルという言葉を簡単に使われてしまうことが、僕はあまり好きではないのだけど、でも逆にその人のオリジナリティーはごく自然に、当たり前のようにあるものなのかもなあと、この『羊と鋼の森』を読んで思った。


そういう風に当たり前のようにあるものに気付くには、丁寧に注意深く生きないといけないんだろうけど、なんだかんだとせわしなく過ごしていると、なかなか難しい。


だからというか、そんな時にこそ宮下奈都さんの、この小説『羊と鋼の森』を読むといいのかなと思う。宮下さんの静かで繊細な文章に触れると、自分の周りの微細な変化にも気を配るようになれる。そんな気がする。

あらすじ

一人の高校生が、ピアノの調律師という仕事に出会い、やがて自らも調律師となる。その繊細な仕事を通して、青年はピアノと向き合い、人と向き合い、そして自分と向き合いながら成長していく。

調律師という仕事

この小説で、ピアノの調律師という職業の存在を初めて知った。言われてみれば、そりゃ居るよなぁ、とは思うけど、誰も教えてくれないから気付かない。いや、他人のせいにしてはいけない。笑。


でも、そのような陰で支える仕事というのは、他にもたくさんあるのだろうし、そういう人たちがいるからこそ、この世界は成り立っているのだと思う。感謝しなくてはいけない。


それにしても、本当に繊細な仕事だろうね、ピアノの調律師というのは。精神的にも技術的にも。凄いなあと思う。ただ、これは自分の仕事にも共通するところもあって、かなり興味深く読んだ。


主人公の外村くんの性格も、自分と重なるところが多くあって、彼が仕事に向き合う姿勢に、わかるなぁ、と頷くところもあった。まあ、よっぽど外村くんのほうが素直で良い子だけども。笑


そんなひがみはさて置き、そのピアノの調律師という繊細な仕事を、そして、それに関わる人たちの心の機微を、読み手に伝わりやすく繊細な文章で丁寧に描かれていて、良い小説を読んだな、と素直に思った。外村くんに負けじと、僕も素直になれた。


未読の方は是非。


『オリンピックの身代金』奥田英朗


吉川英治文学賞受賞作


これは、かなり読みごたえがあった。

あらすじ

昭和39年東京。オリンピック開催を間近に控え、日本中が浮つく。そんな中、1人の静かなテロリストがダイナマイトを手に、オリンピックを人質に身代金を国に要求する。はたしてオリンピックは無事開催されるのか。否か。


田舎。


そう。これは田舎と都会の格差の話。オリンピック開催を陰で支えた、地方からの出稼ぎ労働者たちに日を当てた小説。読むと、この時代の地方と東京の格差を感じる事が出来る。


今では何処にいても、情報を発信する側になる事ができるし、あまりそのような差を感じることはないけど、とは言えやっぱり日本の中心は東京。これは揺るがない気がする。地方に住む人間として、なんとなく嫉妬心はある。


でも、特に不自由する事なく生かせてもらっているし、多少は不満はあるにしろ、声を荒げるほどでは全くない。


もし、自分がこの時代に生きていたらどうだったのだろうか?地方に住んでいて、勉強が出来るわけでもないとなると、やはり地元で地味に畑仕事をするか、出稼ぎ労働者となるか。


それでもいいのかもしれないけど、この小説で描かれているように、地方に生きる人々の実情など知らない東京の人達の心や、出稼ぎ労働者に対する資本家階級の人間たちの考え方というものを見せつけられると、なんだかなあと思う。


まあ、今でも変わってないところではあるけど。でもやっぱりこの時代はもっと酷かったんだろうなあ、と考えさせられた。

さすがの精密描写

この小説で描かれている昭和30年代は、僕の親の世代が産まれたばかりの頃で、勿論僕自身は生きていない時代なので想像するしかない。


経験していない時代を、文章だけから読み取るのは、なかなか骨が折れる。と思いきや、この小説『オリンピックの身代金』は違う。やっぱり奥田英朗さんはすごい。しつこいくらいディテールにこだわって、ギュウギュウに詰め込んでくる。なんかけなしてるみたいだけど、違う。笑


奥田さんの書く小説は、心情にしろ情景にしろ、描写がとにかく細やかでジワジワと読み手の身体に染み込んでくる。そして気がつくと、その小説の中の世界へ入り込んでしまっている。


この『オリンピックの身代金』も例に漏れずで、自分が経験していないはずのその時代に、自然に連れていってくれる。


さすがのお仕事。素晴らしい。

あの終わり方

読後感を書いてしまうと、ネタバレになってしまうような気がするので書かないけど、僕はあの終わり方で良かったと思う。


終わり方に納得していない、というような感想を抱いている人も結構いるみたいだけど、僕はいいと思うなー。


君はどう思う?


うんうん。え?実は読んでないって!?


じゃあ、是非読んでみてよ。オススメだよ。



『ウランバーナの森』奥田英朗


この小説は、出来ることならお盆の時期に軽井沢で読みたい。とは言え、お盆は実家のお墓詣りもあるし無理だろう。お盆は諦めるとしても、いつでもいいから、軽井沢で読みたい。


一度しか行ったことはないけどね。軽井沢。でものんびり読書するには良いとこだと思うし、この『ウランバーナの森』は最適だ。


つまりこの小説の舞台は、お盆の時期の軽井沢。主人公のジョンは、その軽井沢の、とある森で起こる不思議な出来事を経験する。

ジョン ≠ ジョンレノン ≒ ジョン

ジョンレノンについて語らせたら、右に出るものも左に出るものもいるくらい、まあ、つまりごく普通の知識しか持っていない。


ただ、僕の誕生日が、ジョンレノンが亡くなったちょうど1ヶ月後で、もしかしたら生まれ変わりなんじゃないか、なんて、中学の頃なんかは密かに思ったりしていた。が、勿論そんなわけはない。


そんな中学の頃は、ジョンレノンというよりは、ビートルズが好きで、よく、当時小学生の弟とリンゴスターのドラムの叩き方を真似して、わちゃわちゃ遊んでいた記憶がある。ドラムの叩き方というか首の振り方だったっけ。笑


そんな中学時代から約15年後、新婚旅行で訪れたニューヨークで、僕はジョンレノンが撃たれたダコタハウスの前に立った。


ということで。


今回読んだのは、とある夏のジョンレノンの物語。奥田英朗さんのデビュー作『ウランバーナの森』。正確にはジョンレノンではなく、ジョンという男の物語なのだけど、これは、いわゆる「ジョンレノンの空白の4年間」を、奥田英朗さんが想像力と創造力を駆使し、一つの物語にして描き出したものだ。


事実に基づいた話では全くないんだけど、なんか妙に説得力のある話に仕上がっていて、とても楽しめた。まあ、あくまでジョンはジョンで、ジョンレノンではないんだけど。ジョンジョンわけが分からない。笑


うだうだ書いたけど、要するに、単純に一つの物語として面白いということであって、ジョンレノンを全く知らない人でも、全然関係なく楽しめる小説なんだよってことなのだ。

優しい気持ちになれる物語

なにはともあれ、読後がとても心地よい。


奥田さんらしいユーモアのある文体。そして、生きていれば誰もが気付かぬうちにまとわりつけてしまう手枷足枷を、そっと外してくれるような救いの物語で、温かい気持ちにさせてくれた。


この『ウランバーナの森』を読めばきっと誰もが優しくなれる。もし、そうならない人がいたら許さない。あ、僕自身が優しくなっていなかった。


そんな冗談はさておき、僕は、みんながこの小説を読めば、きっと世界は平和になると信じている。そして、ジョンレノンのイマジンをみんなで一緒に歌おう。



平和って、いいね。



『武士道シックスティーン』誉田哲也

剣道に触れる機会ってなかなかない。特に興味を持っていたわけではないけど、誉田哲也さんの『武士道シックスティーン』という小説を読んで、剣道をやってみたくなった。やらないけど。でも、カッコいいなと思ったし、かなり興味を持った。やらないけど。


カッコいい、と言ったけど、このお話の主人公は2人の女子高校生。高校の女子剣道部に在籍するこの2人は、剣道に対する姿勢が、というか性格そのものが、まあ面白いほど真逆なんだけど、それがお互いの影響を受けつつ徐々に変わっていく。


その変化を感じることで、生きる本質ってのはコレだってのがよく分かる。大袈裟か。いや、そうでもないと思う。


この『武士道シックスティーン』では、剣道を題材にしてそれを描いているけど、それは他のどんな事に対しても言えると思う。それが何なのかは書かないでおこう。読めばわかる。というか読まなくても分かるかもしれないけど、大事なのは感じることだと思う。だから、是非読んでみてほしい。という押し売り。笑


物語の最後のほうに、主人公の2人が試合をするシーンがあって、そこに全てが集約されている。良いシーンだった。

昼休みの過ごし方

高校生の頃の昼休みの過ごし方って、どうだったっけ。なんて考えたんだけど、イマイチ覚えていない。まあ、多分友達とお弁当食べて、ペチャクチャ喋ってたとかそんな感じだったとは思う。少なくとも、宮本武蔵の五輪書なんか読んでいなかったし、鉄アレイで筋トレなんかもしてなかった。まあ、そんな人はいないだろう。


ところがどっこい、この小説の主人公の片割れは、その2つを昼休みに実践していたのだ。驚いた。まあ、小説の中の話だけど、これまたカッコいいと思った場面だった。実際にいたら、どう思うだろう。そんな女性。多分、友達になりたいと思うけど、なかなか声はかけられない、でも気になる、ああどうしよう、って感じになりそう。


ちょっと極端な感じもするけど、周りに流されない姿はやっぱり美しいね。何かと流されっぱなしの僕には、眩しすぎるくらいにグッときた場面だった。

誉田哲也さんと言えば

ジウとかなんちゃらとか、警察小説ってイメージ。警察小説は、ちょっと苦手意識があって、誉田哲也さんの小説は読んだことがなかった。でも、今回の『武士道シックスティーン』を読んでみて、面白かったので、またトライしてみようかなと思う。読まず嫌いはだめだよね。


うだうだ書いてきたけど、つまり僕が伝えたいのは、この『武士道シックスティーン』は、かなり面白い小説だったということ。主人公の個性も魅力的だったし、ストーリーも良い意味で分かりやすく読みやすかった。続編もあるようなので、そちらも読んでみたいと思う。


『あと少し、もう少し』瀬尾まいこ


スポーツは観るのもやるのも好き。基本的に走るのも好きなんだけど、マラソンだったり駅伝のように、ひたすら長距離を走るのは苦手。持久力がないので仕方ない。だから単純に、長い距離を走れる人は無条件で尊敬してしまう。尊敬というか、羨ましいという感じ。


加えてというかなんというか、僕は団体競技も苦手で、この『あと少し、もう少し』で描かれている駅伝のように、みんなで襷(たすき)を繋いで、一つのゴールを目指すというようなことが得意ではない。そんな僕とは違って、桝井も設楽も大田も渡部も俊介もジローも、みんな素晴らしい。おじさんは感動した。

みないい子達

なかなか素直になれず、真逆の行動をとってみたり、気取ってみたり、わざとおどけてみたり。とても愛くるしい登場人物たち。でも、それぞれがお互いの本質的なところを見つめることの出来る男の子たちで、それが見えない絆になり、駅伝の襷(たすき)で繋がれていく。もう、いちいちウルっとさせられた。


自分が中学生だった頃を思い出してみたけど、もっと自己中心的で、目立つことしか考えていなかったような気がする。さっきも書いたように、今も大して変わっておらず、彼らとはえらい違いだ。笑


でも、なんとなく自分もこうだったなあ、なんて重なるところもあって、懐かしくてくすぐったいような気持ちにもなった。

構成

構成が面白くて、1区から6区までのひとりひとりのエピソードやその心情、そして大会当日に自分の区間を走り切るところまでが順番に描かれて、その物語自体が襷を繋いでいくように展開する。


ただ、その構成ゆえか、最後で一気に盛り上がるという流れにはならず、少し物足りない感じではあった。でも、それよりも何よりも、登場人物ひとりひとりの心理描写がとても丁寧で伝わりやすく描かれていて、しっかり感情移入できたし、楽しめた。柔らかい文体で読みやすいし、普段本を読まない人でも、スイスイ読めて、楽しめると思う。


間違いなくおすすめ出来る青春小説。


『パイロットフィッシュ』大崎善生



パイロットフィッシュっていうのは、熱帯魚などを飼育する際に、最初に入れて水槽の中の環境を整えてくれる魚のことらしい。犠牲になってくれるんだね。『パイロットフィッシュ』を読んでいて、熱帯魚を飼ってみたいな、とも思ったけど、そうやって犠牲になる魚の存在を知ると、なんだかなあ、と考えてしまうところもある。


とは言っても、僕は魚も食べるし、肉も食べる。そういう様々な犠牲の上に生かされているってことは忘れてはいけないな、と思う。


でも、やっぱり熱帯魚、飼ってみたい。

記憶と行動原理

記憶って、人間の行動原理の一つなのかなと思う。観たり聴いたり話をしたり、そういう経験の中で、感情が動かされて、それが記憶に残って。で、それを基に、今の自分はどういう行動をするか決めている。意識的にかもしれないし、無意識かもしれないし、わからないけど多分そう。


っていうようなことを、この『パイロットフィッシュ』を読んでいて考えた。というか、具体的にそんな会話が最後の方にあったんだけどね。何気ない会話だけど、すごく良かったし、ストンと腑に落ちた場面だった。


あ、行動原理と言えば。女性はどうか分からないけど、男は基本的に、女性にモテたい、好かれたいっていうのが行動の原理原則だと思う。みんなそうだろうと勝手に思ってるんだけど。笑


というのも、『パイロットフィッシュ』の主人公が、とても優柔不断で頼りない感じなんだけど、何故かモテるんだよね。羨ましいなと思って。笑。優柔不断なところなんかは自分とよく似てるんだけど、この主人公と自分はどう違うのか、なんて考えながら読んだもんだから、ああ、やっぱり男って、モテたい、が基準なんだなと。あれ?みんなそういうわけじゃないのかな?笑


まあ、いいか。

村上さんより大崎さん

大崎善生さんの小説は初めて読んだ。綺麗で、なんかフワッとした文体だけど、大事な場面でしっかり的確な言葉を並べてくれていて、感じ取りやすかった。大崎善生さんは、いわゆる春樹チルドレンのひとりらしいし、まあ確かに似てると言えば似てる。でも、大崎さんの文体のほうが、輪郭がはっきりしてる。


僕は村上春樹さんより大崎善生さんのほうが好きかな。昔は村上春樹さんの小説が好きだったんだけど、歳をとるにつれて、そうでもなくなった。村上さんの小説は、10代とか20代前半くらいにちょうどいいと思ってる。まあ、あまり比べるものでもないし、好きなものは好きでいい。


恋愛小説って、普段あまり読まないけど、たまにはいいかもな、と思った。ほんと、ごく稀にスパイス的にでいいけど。この『パイロットフィッシュ』をはじめに、3部作らしいけど、多分次を読むのはだいぶ先になりそう。でも、いつかは読むんだろうなという予感はある。


『オーデュボンの祈り』伊坂幸太郎

★★★★★(★について - NOVELIFE)


熱量がすごい。デビュー作には作家さんの全てがある、と言われるけど、まさにという感じだった。伊坂幸太郎さんの、書きたいという欲がぐわぐわと押し寄せてくるような感じ。


だからと言うわけではないけど、これから伊坂さんの小説を読んでみよう、と思っている人は、この『オーデュボンの祈り』は、最初に読むべきではないかもしれない。上手く言えないけども、少し他の作品に触れてからのほうがいいような気がする。


とは言え、この小説は素晴らしい。僕は泣いてしまった。既読の方は、え?どこで?と思うかもしれない。決まってるよ。あそこだよ。あそこ。僕の場合は、ピピっと琴線に触れたんだよね。夢があるなって思った。


でも正直、途中まではイマイチ入り込めなかった。というか、以前、読了せずに途中で投げ出した経験もあり。でも、今回はちょっと無理して先に進んでみたら何のその。段々面白くなってきて、最後のあれ。一気に解放された。最初から様々な伏線が散りばめられていて、意味があるんだけど、もうどうでもいいや、ってなるくらい清々しかった。いや、どうでもいいわけではないんだけど。笑

登場人物たち

カカシは喋るし、桜は人を殺しても咎められない。登場人物たちのクセはやっぱりすごく強くて、魅力的ではあるんだけど、特に僕好みの人物はいなかった。それが、前半なかなか読み進められなかった要因でもあるんだけど、これもやっぱり、最後のあれでどうでも良くなった。いや、これもどうでも良くはない。笑。登場人物たち皆んなが、重要な役割をしっかり果たしていた。

伏線回収

序盤でパズルのピースがばら撒かれ、中盤で徐々にピースがはまりだし、ラストでバチっと完成。まあ、良くできたミステリなら、定番なんだけど、この『オーデュボンの祈り』では、完成したパズルが美しすぎて、作っていたのを忘れてしまった。と言う感じ。余韻が残った。


何にしても、やっぱり伊坂幸太郎さんの伏線回収っぷりは見事で気持ち良い。

今のところ

まだまだ未読の作品はあるけど、今のところ一番かもしれない。