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読書好きおじさんの小説紹介的雑文集

『ユービック』フィリップ・K・ディック

なんだかんだ言って、ディックしか読んでいない近頃。そもそも読むペースもだいぶ遅くなっていて、月に1.2冊くらいしか読んでいない。


にしてもこうやって、浮気せずに1冊ずつ読むなんて、乱読派の僕としては珍しいな、と自己分析。


さておき、ディック3冊目は、PKD総選挙堂々チャンピオンに輝いた『ユービック』


超能力者vs不活性者(超能力を打ち消す人)というお話なんだけども、特に超能力がどうということはないし、序盤で不活性者軍団はあっさり敗れ去る。でも、ここからがディック。


どこが現実なのか。生きているのか死んでいるのか。読んでいて、自分も本当に生きているのかと疑いだす。まあ、生きてるんだけど。


登場人物がちょっと多くて、最初はあたふたしちゃったけど、気にせず読み進めればなんのその。気づけばディックの魔法にかかってるって寸法。


さあ『ユービック』を読んで、生死の狭間を漂いましょ。


僕は狭間を描く物語が好きです。


『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』フィリップ・K・ディック


あなたはアンドロイドではないですか?本当に人間ですか?



てことで引き続きディック。映画『ブレードランナー』の原作なり。


去年(2017年)あたり『ブレードランナー2049』っていう続編が公開されたらしいけども、どちらも観てない。


原作を先に読んじゃうと、映像化されたものを観ることは基本的にないので、多分この先も『ブレードランナー』は観ないだろう。笑。いや、わからない。


原作面白かったもん。


前回読んだ『高い城の男』よりも読みやすく、ああ、なるほどこれがディックかっていう感じ。こっちを先に読めばよかったかも。


悪いアンドロイドをやっつけて、賞金稼いで電気動物ではなく本物の動物を飼うぞ、 おー。っていう話。


思わず笑ってしまうような設定で、でもその冗談のような話を真剣にするのがSF小説ってものなのかな、なんて思ったり。


自分は実はアンドロイドなんじゃないか、なんて疑ってみたり。


何となく自分の所在があやふやになっていくような感覚を味わえる小説、いいね。


自分が人間であることを疑いもせずのうのうと生きいる人(人って言っちゃってる)は、是非読むべし。


『高い城の男』フィリップ・K・ディック

あんだけSFは敬遠してたんだけどな。苦手意識があって。でも最近はSF小説ばかり読んでいる。そんなもん。

ということで、巨匠ディック。初ディックなり。




まあ読みやすい。第二次世界大戦で、連合国側ではなく枢軸国側が勝利した世界を描いていて、その辺を自分なりに考えながら読むのも勿論面白いんだけど、それ抜きに、単純に程よいエンタメ感がスラスラ読ませる。


やっぱ小難しい文学読むより楽だし、仕事の休憩時間なんかに読むのには、こういうのがいいな、と思った。


ディック読んでて、ふと頭に浮かんできたのは、阿部和重氏の小説。ディックの他の作品に影響を受けたという話をどこかのインタビューで読んだけど、何となくわかる気もしないでもない。


ひとつ言えるのは、僕は阿部和重氏の小説が好きで、かつディックの小説も好きな模様だという事だ。


まだこの『高い城の男』しか読んでないけど。笑


他も読んでみよ。


『1984年』ジョージ・オーウェル

なかなか仕事が忙しく、ゆっくり小説を読む時間がなかったんだけど、毎日チビチビと10数ページずつ読んで、読了。


ジョージ・オーウェル『1984年』


出張先なので、コインランドリーで洗濯しつつ待ち時間にブログ書く。


しかし、3週間くらいかけて読んだけど、意外と内容忘れないもんだね。というか小説を読むのって、そういうとこあって、読んでる途中というよりも読み終わってからジワジワと何かがやってくる感じってある。


本を読みたいけどなかなか最後まで読めない人って、完璧に読もうとしてる気がする。まあ、僕も最初はそうだったけど。笑。


でも、(まあ何でもそうだけど)なんだか途中でよくわかんなくなっちゃったけど、とりあえず読み進めてみると、読み終えた時には、意外とわかってたりする。


どうせ人の記憶は速攻で消えちゃうからね。3ページも読めば、最初のページの内容なんて忘れてる。いいすぎ?笑。


完璧な記憶なんてのは無くて、あるのは断片だし、曖昧だしね、そんなもんだから、気にせず本はバシバシ読むべし。


で、ジョージ・オーウェル『1984年』。これはまさに記憶の話。如何に人の記憶は曖昧か、なのに人は記憶で生きている。そんな不確実な人間の本質に迫る。


まあ、これはちょっと偏った読み方かもしれないけど、読み終わって何となく印象に残っていた記憶(曖昧な)が、それだった。


この『1984年』は、全体主義へのカウンター的な読み方が一般的なようだけど(勿論それもある)、僕は、途中からどうにもそういう風に読めなくなって、カウンターを合わせにいったところに、逆にカウンターくらっちゃったみたいにガツンと痛みを感じた。


なんか、誰かさんや何かさんにコントロールされずに、自分の意思で生きたいと思ってるけど、結局操り人形に過ぎないんだなと感じてしまう。それは本当に自分の意見なのか?と訊かれれば、いいえと言うしかない。はい、は嘘だ。


結局死ぬまで自問し考え続けるしかないということなんだなあ。


ジョージ・オーウェル『1984年』。正直きついお話だけど、読んでみて損はない小説だと思う。難しいかなと思って、ちょっと敬遠してたんだけど、全然読みやすいかったし。


おすすーめ。


『華氏451度』レイ・ブラッドベリ

この小説を、彼らに燃やされてしまう前に読むべし。


本を所持しているのがバレると、昇火士に燃やされてしまう。「焚書(ふんしょ)」というやつ。どういう本、ということではなく、全ての本。


読書が好きな人たちにしてみたら、地獄のような世界。この『華氏451度』では、いわゆる紙の本、ということになるのだろうけど、今は電子書籍というものもある。だったら電子書籍で読めばいいよね。


ということではなく、つまりは文字で表現されたものを読んではいけないということ。それは、考える、という人間にとって唯一と言ってもいいくらいの美点を人々から奪い去り、誰かさんがコントロールしやすくするため。誰だろ。これは陰謀だ。(最近僕は、妻に陰謀者というあだ名で呼ばれる。笑)


逸れました。とまあ、陰謀論的文明批判小説とも言える内容で、ブラッドベリの文明嫌い(だったらしい)が強く表れている。


とても面白い小説だし、文学的な評価も高く、是非オススメしたいとも思うんだけど、少し文明批判的要素が強すぎるように僕は感じて(あくまで僕は)、何というか、逆にコントロールされてる感じがしないでもなかった。


いや、間違いなく面白いんだけどもね。その強い部分が心を動かすのだろうし。でもね、これいいよって勧めはするけど、好きな小説は?って聞かれた時には出てはこないだろうなという感じ。


面白い小説と、好きな小説はやっぱり違うね。


にしても、少しずつSF小説に対する耐性が付いてきてるなという実感がジワジワと。どこにどんな出会いがあるか分からないからね、食わず嫌いはいけないよね。


さてと、次は何を読むか。(と言いつつ、併読しまくり。笑)

『スローターハウス5』カート・ヴォネガット・ジュニア

戦争では簡単に人が死ぬ。そういうものだ



そういうものだ、なんていう言葉で片付けられることではないんだけども、実際に戦争を体験し、見てきたヴォネガットにそう言われたら、正直何も言えん。残念だけども、想像力は体験を超えることはできないのだ。


あ、そうか。だから本を読むんだね。体験した気にはなれる。そして想像する。創造は模倣から、想像は体験からだね(うまいこと言ってる風)。


さて。カート・ヴォネガットは第二次世界大戦でドイツ軍の捕虜になり、ドレスデンの無差別爆撃を実際に体験した。そしてこの『スローターハウス5』は、まさにその体験をもとに描いた自伝的な小説。


実は、この小説を読むまで、第二次世界大戦でのドイツのドレスデン爆撃の事実を知らなかった。そういうもの、なのかもしれないけども、やはりショッキング。悲惨すぎる。つらい。


てね、戦争について書こうとすると、こう重々しい雰囲気になりがちなんだけども、ヴォネガットの文章はからりと乾いていて軽い。で、それがまた逆に哀愁を漂わすっていうね。素晴らしいよね。


時間旅行したり、トラルファマドール星人が出てきたり、SFチックなんだけども、読んでいて全然と言っていいほどSの方(科学)を感じさせない。


ヴォネガットもSFと言われるのを嫌がったらしいので、僕もこれをSFだとは言わないことにする。そもそもSFが苦手な僕が読めたということは、そういうこと(もの、ではなく)だ。


でも、なんか最近SFに興味を持ち始めているような気もしないでもない。こないだの上田岳弘さんの小説(私の恋人)がきっかけかな?本屋さんに行くとSF小説のコーナーにチラッと目がいってしまうもんな。流されていくかもしれない。


ま、ジャンルとか関係なく楽しめれば何でもいいんだけども。


あ、あとヴォネガットといえば、あの作家さん。ヴォネガット好きだなぁとか考えてたら、なんかやっぱり、ああやっぱり僕はあの作家さんの小説が好きなんだなと、気付かされた。若い頃にハマって以来、最近は完全に避け気味だったんだけど。


そう。村上春樹氏ですね。


ああ、また読もうかな〜、なんて思い始めて居ります。あ、でも実家に帰らないとないなあ。帰った時でいいか。


引き続きカート・ヴォネガットいくか。


『私の恋人』上田岳弘

あなた方人類は、うだうだ言わず黙ってこの小説を読むべし。



とか言って、紛れもなく僕も人類であって、そうである以上、人類の歴史は知っておく必要があるのかもしれない。まあ、知らなくても生きていけるけども、知っておけばもう少し真っ当な生き方ができたりするのかな、と思ったりもする。


10万年前クロマニヨン人だった頃の記憶、第2次世界大戦でナチスに捕らえられたユダヤ人だった頃の記憶、そんな記憶を持つ存在がもし近くに居たら、是非話を聞いてみたい。


この上田岳弘さんの『私の恋人』という小説を読むと、そんな存在に出会うことができる。こちらの質問には答えてはくれないけども(そりゃそう)、話を聞くことは出来る。素晴らしいね。


そして、この小説は恋愛小説でもある。10万年前の私が思い描いていた「私の恋人」に、今の私がついに出逢う。途方もない恋愛。僕たち人類には無理ですね。欲が強すぎて。


そんな欲望から、自らが生み出した人工知能にのみこまれ支配されるのだ。あーあ。


ぼちぼち生きよ。


最近読んだ小説の中で一番かも。上田岳弘さんの他の小説も読んでみたい。だから早く文庫にして下さい。