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読書好きおじさんの小説紹介的雑文集

『夕子ちゃんの近道』長嶋有

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これは出会ってしまったなあ。という感じ。

最高の小説に。


第一回大江健三郎賞受賞作


あらすじ

「フラココ屋」というアンティークショップに住み込みで働いている「僕」の日常。そして「僕」の周囲を取り巻く、不思議な魅力溢れる人々とのささやかな交流とそれぞれの旅立ち。


特殊な文体

これは実験的な小説。ではあるんだけど、全く違和感なく脳にジャストフィットした。実験大成功。こんなの書かれたら、手も足も出ない。まあ、そもそも出す気はないけど、それくらい長嶋有さんの才能に脱帽したということ。大江健三郎賞も納得。


そもそも僕は長嶋有さんの小説は好きで、何冊か読んでいる。得意のモラトリアム的雰囲気は、この『夕子ちゃんの近道』も他と変わらない。優しく魅力的な登場人物たちもいつも通り。


ただ文体が特殊。特に会話の部分。


実際に口に出している言葉と、頭の中で生まれたまま口には出さない言葉と両方がごちゃまぜに書かれている。この小説は、主人公の「僕」の一人称小説なんだけど、その「僕」の脳内のカオスを感じることができる文体になっている。


交わされる会話が理路整然としたものでも、その最中に実際に脳の中を覗いてみれば、かなりごちゃごちゃしているのではないかと思う。人は皆、整理整頓してから言葉を発する。


普通の小説での会話も、整理整頓されて発せられた言葉が並べられている。まあ、その言葉からその人を想像するものだし、現実でもそうだから、それでいい。んだけど、その発せられない言葉まで実際に聞こえたら、その人をもっと深く知ることができるのではないかと思う。


実際に聞こえたら困ることも多々あるだろうけど、その辺は長嶋有さん特有の優しさでオブラートに包みつつ、「僕」の内面をより深く感じることができるように書かれている。


ああ。こんな時そんな風に考えるけど、そうは言わないで、こう言うよね。わかるわかる。みたいなね。

「僕」の名前は

内面は深く感じられるようになっているんだけど、「僕」の素性が全然はっきりしない。名前さえもわからない。作中の言葉を借りれば、「背景みたいに透明な人」。それがまた読む方の興味を引く。


「僕」は誰なのか。ミステリみたい。


最後の大江健三郎さんの解説で、「僕」の名前について、多分正解であろうことが書かれていて、おお、ナルホドと思った。普通に読んでいて気付ける人がいたら、凄い、と拍手を送りたい。


違ったりして。

最高の小説

最初に、「最高の小説」と書いたけど、それはあくまで自分にとってであって、他の人にはどうかわからない。当たり前だけど。


小説を読むのって、何だかんだ言って、自分を肯定してもらいたいからなんだと思う。良い部分悪い部分関係なく。感情移入するのって、やっぱりそこに自分を感じるからだし。


ということで、「最高の小説」と言った一つの要因として、この小説の「僕」に僕は重なるところが多かった、というところがまず挙げられる。


そして、もう一つが、長嶋有さんの、何というか、純文学に対する姿勢というか。ひよこ並みの頭脳の僕が偉そうに言えないけども。いやいや、ひよこに失礼か。


とにかく、この実験的な文体に、その想いを強く感じたのと、自分と重なる「僕」がいたから、「最高の小説」になった。


基本的に読書は楽しむものだと思うし、別に難しく考えなくていいし、つまんなきゃ途中でも読むのをやめたっていい。ただ、やっぱり沢山読まないと、本当に自分に合う小説にはなかなか出会えないのかなと思う。


興味を持ったらとりあえず手を出して読む。じゃんじゃん積ん読。あーあ、読んでないやつまだあるのにまた買っちゃったよ。を繰り返した先にきっと、


自分にとっての最高の小説がある。


と思う。まあ、これは何冊あってもいいのかもね。何にしろ、この『夕子ちゃんの近道』はそのうちの一つになったとさ。

まとめ

とにかく沢山の魅力に包まれたこの『夕子ちゃんの近道』という小説を是非読んでみてほしい。この小説を好きだ、という人とは間違いなく仲良くなれるんじゃないかと思う。