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読書好きおじさんの小説紹介的雑文集

『眠れる美女』川端康成

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仕事中にふと窓の外を見たら、目の前の公園のベンチに、お爺ちゃんとお婆ちゃんが座っていた。二人がけのベンチが二つ、それぞれに座っていて、その夫婦の微妙な距離感がなんとも微笑ましかった。


と、二人が夫婦だと勝手に決めつけたけれど、もしかしたらただの他人同士で、実は、お爺ちゃんはお婆ちゃんとお近づきになろうとしているのかもしれなかった。


まあ、それは違うだろうけども、もし自分がお爺ちゃんになっても、知らぬ女性に声をかけ、お近づきになりたいなどと思うのだろうか、ということをふと考えた。勿論、そういう魅力的な女性に出会った場合の話だけれど、多分そういう気持ちはあるだろうなと思う。


ちょうど川端康成『眠れる美女』を読んでいたもんで、そんなことを考えてしまったみたい。


僕がお爺ちゃんになって、実際この小説のようなことを経験できるとして、どんな感情を抱くのかは、正直今は分からないし、江口老人の感情も分からない。全く分からないでもないけども。


なんとなく子供の頃と比べて、死というものを少しづつ受け入れ始めている感覚を覚える時があって、これから徐々にその受け入れ態勢は整っていくのだろうな、と感じたりもする。でも、それは想像にすぎなくて、やっぱり歳をとってみないと分からない。


まあ、この『眠れる美女』のような状況になるなんてことはあり得ないけども。


むしろ今そうなったら、と想像してしまうのが本当のところ。笑。でも男ならみなそうだろう。


以前読んだのはいつだったか覚えていないけれど、この『眠れる美女』という小説は、歳を重ねるたびに読みたいなと思う。自分が男としてどう感じるかを、客観的に観察していきたい。


何にしても一つ言えるのは、


『男を「魔界」にいざないゆくのは女体のようである』(引用)


ということである。