novelife

読書好きおじさんの小説紹介的雑文集

無理はしない2019。

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年が明けた。


年を越したって特に何も変わらないんだけど、なんとなく周りに流されて、目標みたいなものをたててみようか、などと考える。


年明け前に漠然と考えていたのは、2019年は『遊び』の一年にしたいな、ということだった。遊びというか遊ぶというか。Let's Play.


まあ、これはいくつか意味があるんだけど、割愛。


一応、この場所では読書ブログとして書いている(つもり)なので、『読書』『ブログ』についての目標を考える。

『読書』について。


何気にこれも前述の『遊び』ってやつに関連するんだけど、簡単に言うと、『無理のない読書』をする。ということ。


少し背伸びした本を読むことで、少しずつ難しい本が読めるようになっていくような気はしているんだけど、何だか背伸びというより思いっきりジャンプしちゃてたりして、かえってモチベーション下がるみたいなことが多々あって。笑。


背伸び加減が難しいわけですよ。


じゃあどうするか?ってそりゃもう、僕は背伸びなんかしない!これ。超短絡的な考えっぽいんだけど、それなりに色々考えて、、でもないか。


なんかね、偏っていくのが自分でもわかるんだね、小難しい文学ばかり読んだりすると(なんて大して読んだわけではないけど)。ベストセラーとか、話題の本とかってのを読む気にならなくなっていく。いや、元々天邪鬼だしそうところは多分にあるんだけど、より強く思ってしまうというか。もはや完全拒絶してしまう。


でもね、そういう思い込みを払拭してくれる作家さんがいるんです、あくまで僕にとってだけど。その作家さんっていうのは、伊坂幸太郎さんなんですね。


伊坂さんは、いわゆるところのエンタメ小説に分類される作品を書く方だけども、僕は伊坂さんの作品を読むと、そういうエンタメだとか純文だとか、ミステリだSFだ、マジックリアリズムだデカダンスだ何だかんだっていう括りが、とってもくだらないものに思えてくる。


そして、僕は文学部の学生ではないし、研究者でもない。批評家ってわけでもない。ただの読書好きなオジさんじゃないか。なにを無理してるんだと。最終的にこうなるわけです。


このブログだって、自分の為にやっているはずだし、そこに歪みを生みだす必要はないじゃないか。歪んで腐りまくったこの世の中に生きていて、自分まで歪んでどうする。


ということで、今年は『無理をしない読書』をしようということにするかなと。


ブログについて。


結論から言うと、『無理をしないブログ』。あ、一緒だった。笑。


ブログってのは自己表現の方法の一つで、どう書こうがその人の自由だと思う。誰かの役にたつものを書きたい人はそれでいいし、ただ日記を書きたい人も別にそれでいい。


ただし、明確な目的があるのにそれにそぐわない書きかたをしては意味がない、とも思う。沢山の人に読んでもらいたいのに、ただの日記を書いたってしょうがない。また、誰かの役にたつものを書いたって、それが本当に書きたいものじゃなかったらつまらない。


なぜ書くのか?目的があるのか?自問してみる。


きっかけは、本業以外で副収入を稼ぎたいけど何かないかな?あ、ブログ出来そう。じゃやってみよ。そんな感じだった。つまりマネタイズが目的。だった(過去形)。


でも、いつしかその目的を忘れ、単に書くこと自体が目的になっていった。読まれたいという願望は持ちつつも、それよりも書きたいという欲望のほうが強くなった。


今は、なぜブログを書くのか?と聞かれたら、単純に書きたいから。自己表現に自己満足。


プロのブロガーだったり、プロの作家さんもそうだけど、そういう人達は、読み手を意識するのは仕事の一つだと思う。読まれないものを書くのでは、プロとは言えない。読まれてナンボ。偉そうに言ってる。


僕は、クロス職人としてはプロだし、勿論お客さんの目線にもなって仕事をしているつもり(あくまでつもりだけど)。


でも、ブログは趣味なんですよ。結局。書きたいから書いているんです。わがままですが。笑。


さっきも書いたけど、勿論読んでもらいたい欲はあるし、あわよくばマネタイズもしたいという気持ちもある。でも、これらはあくまでも、書きたいものを書いた結果、たまたま付いてくるオマケみたいなものなんだよね。


大前提として、書きたいことを書くということがある。


まあ、つまり無理をしないというのは、読む人や周りの意見に無理に合わせようとしないということ。そういう迷いが去年まではあったかなーと思ったので、2019年は『無理をしないブログ』という目標にしようかと思います。